東京地方裁判所 平成4年(ワ)14072号 判決 1993年11月29日
原告
三浦和義
被告
株式会社筑摩書房
右代表者代表取締役
関根栄郷
右訴訟代理人弁護士
藤村義徳
同
三宅裕
同
吉木徹
主文
一 被告は、原告に対し、金五万円及びこれに対する昭和六三年九月二七日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを四分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。
四 この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、金二〇〇万円及びこれに対する昭和六三年九月二七日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、原告が、被告の発行する文庫本の表紙カバーに記載された記述によりその名誉を毀損ないし侮辱されたとして、被告に対し、不法行為に基づき損害賠償を求めた事案である。
一争いのない事実
被告は、「犯罪百話」昭和篇と題する文庫本(本書)を発行したが、その表紙カバー裏側には、原告について、「阿部定、正田昭、小原保、大久保清、三浦和義、かい人21面相……といった“名高い”犯罪者」との記述を含む別紙「表紙カバーの記述」記載の記述(本件記述)がある。
二争点
1 原告の主張
(一) 名誉毀損あるいは侮辱による不法行為
本件記述は、死刑に処せられた人々や自ら重大事件を犯したことを認めた人と原告とを同列に記述し、原告が重大な犯罪を行った真犯人であると決め付けるものであるから、これを掲載したことは、原告の信用、社会的評価を傷つけあるいは原告の名誉感情を害し、原告に対する名誉毀損ないし侮辱の不法行為となる。
(二) 損害
被告は著名な出版社であり、その文庫本は相当強い影響力を有すること、本件記述はそのような文庫本の表紙カバー裏側に記載されており、本書の読者ばかりかこれを購読するかどうかを判断しようとする者が本件記述を読むこと、原告は犯罪の嫌疑により公判に付されてはいるが、一貫して無実を主張している者であることからすると、原告の被った信用失墜、精神的苦痛は量り知れないものがあり、これを慰謝するには少なくとも二〇〇万円が相当である。
2 被告の主張
文庫本の表紙カバーの記述は、当該文庫本を購読するための端緒となるにすぎず、本文と一体となって社会的意味を有するところ、本書の本文には原告を真犯人であると決めつける記述はない。
また、仮に、文庫本の表紙カバーの記述がそれ自体独立して社会的意味を有するとしても、本件記述は、「“名高い”犯罪者」として、公判中である原告や未だ逮捕もされていない「かい人21面相」をも列挙しているから、この「犯罪者」とは、真犯人の意味ではなく、公判中の者、逮捕された者、未だ刑事手続も開始されていない者をも含む広い意味で使用されている。
更に、本書が発行された当時、原告はいわゆるロス疑惑の中心人物としてマスコミで報道され、妻一美に対するいわゆる殴打事件で第一審の有罪判決を受けていたため、右ロス疑惑についての原告の容疑は濃厚、少なくとも右殴打事件についての容疑は極めて濃厚との社会的評価を受けていたから、本件記述は、既にこのような状態にあった原告の評価を更に低下させるものではない。
また、本件記述は、ことさらに低俗な表現を用いて原告をおとしめるものではないから、原告を侮辱するものでもない。
第三争点に対する判断
一名誉毀損あるいは侮辱による不法行為の成否
文庫本の表紙カバー裏側に記載された記述は、当該文庫本を購入するための誘引となることを目的とした独立の文書であり、その内容が記載された人の社会的評価を低下させあるいは名誉感情を害する場合には、本文中にその趣旨の記載があるか否かに関わりなく、それ自体で名誉毀損あるいは侮辱に当たると解するのが相当である。
また、右記述が社会的評価を低下させあるいは名誉感情を害するか否かは、一般読者の通常の読み方を基準として判断すべきである。
そこで検討するに、本件記述は、犯罪史上猟奇殺人事件等の真犯人として広く知られた四人の者の名前と、名前は不詳であるが自ら重大事件の真犯人であることを自認している者として広く知られた「かい人21面相」とを列挙した中に、これらと同じ類型に属する者として原告の名前を掲げた上、これらの人物の類型を「…といった“名高い”犯罪者」という表現でひとくくりにしているのであるから、一般読者の通常の読み方をもってすれば、本件記述は、原告も、これらの者と同様に重大事件の真犯人であるという事実を印象付けるものであると認められる(右四名が犯罪史上猟奇殺人事件等の真犯人として広く知られた者であること及び「かい人21面相」が重大事件の真犯人であると自認している者として広く知られていることは、原告本人尋問の結果により認められる。)。
ところで、本書が発行された昭和六三年九月二七日当時、原告は、いわゆるロス疑惑の中心人物として既にマスコミで大々的に報道され、かつ妻一美に対するいわゆる殴打事件で有罪の第一審判決を受けており(<書証番号略>、原告)、その論調等によってその社会的評価は既に相当低下したものとなっていたことは否めないが、しかし、その社会的評価が既に完全に地に落ちていたとまでは認めることはできない。
以上の事実によれば、本件記述は、具体的事実を摘示して原告の社会的評価を更に低下させるものであって、これを掲載したことは、原告に対する名誉毀損の不法行為となると認められる。
二損害額
被告は著名な出版社で、その文庫本は一般に広く読まれること、本件記述で原告と同列に列挙された人名はいずれも重大犯罪を行った者であること(以上、原告)、他方、本件記述は内容がやや抽象的であること、原告の社会的評価は前記のとおり当時既に相当程度低下していたこと等、本件に現れた一切の事情を考慮すると、原告の被った損害の額は五万円に相当すると認められる。
第四結論
以上によれば、原告の本訴請求は、慰謝料五万円及びこれに対する本書が発行された日である昭和六三年九月二七日から支払い済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却する。
(裁判長裁判官濵野惺 裁判官畑中芳子 裁判官中村恭)
別紙表紙カバーの記述
阿部定、正田昭、小原保、大久保清、三浦和義、かい人21面相……といった“名高い”犯罪者から、コソ泥、スリ、サギ師まで、昭和の時代を背景に、多彩なドラマを演じた人びとの物語。犯罪そのものの話だけでなく、警察官や塀の中の世界までも登場する。筆者には内田百閒、坂口安吾、大宅壮一、大岡昇平、吉野せい、種村季弘、野坂昭如、阿部譲二、南伸坊など多士済々。